第94章 ほら、解決だろ
本来なら、怒り、詰(なじ)り、正すところだろう。しかし自分でも不可解なほど、そういう感情は一切湧いてこなかった。それは何故か。
それを発言した トウマ本人の顔が、苦痛と悲しみに歪んでいるように見えたからだ。
どうしてそのような考えに至ってしまったのか、彼に問い掛けようとした時。先生がレッスン室にやってきた。
“ 彼 ” は、ŹOOĻの振り付けを担当すると共に、彼らのダンスレッスンも引き受けてくれる。
そして。そんな彼と私は、顔見知りであった。
「え…春人、くん?」
『どうも。少しだけ、お久しぶりです』
男は驚き、私を真っ直ぐに見つめたが。私の方は、その真っ直ぐな視線を真っ向から受け止めることが出来なかった。
「なんだ、ひょっとして知り合いなのか?あんた本当に顔が広」
「どうして!!どうして君がここにいるんだ!」
トウマの言葉を遮り、男は私の胸ぐらを掴んだ。こちらを睨み付ける瞳が言っている。
どうして、自分との約束を守らなかったのだ と。
「えぇ!?ちょ、おいおい待て待て!あんたらが どんな知り合いかは知らねぇけど、いきなり掴み掛かるのはどうなんだよ!」
『いいんですよ、狗丸さん。私なら、平気ですから』
トウマは、男の後ろに回って必死に制止してくれた。優しさを見せた というよりも、咄嗟に体が動いてしまったようだ。
ずっと静かに様子を見ていた巳波が、おっとりと口を開く。わざとらしく、撫でるような優しいげな声で。
「あぁ、そういえば…。たしかこちらの方、以前は八乙女プロダクションでお勤めだったのですよね。もしかすると、TRIGGERの振り付けをされていたのではないですか?でしたら、中崎さんと顔見知りでいらっしゃるのも必然。ですよね」
私達は、沈黙で答えた。それはすなわち、肯定である。
それを正しく理解したトウマは、そうか。とだけ呟いて、気まずそうに男の身体を解放した。