第93章 選んだのは、こういう道だろ
会議室を出て、廊下を並んで歩く私と虎於。彼は、悦に入って言った。
「快 感」
『…案件をもぎ取れそうだから、ですか』
「いや。あんたが、龍之介より俺の方がイイって言ったことがだ。なぁ。もう1回言ってみろよ」
『あんなのは建前に決まっているでしょう。どこの世界に、他のアイドルの方が自社アイドルより優れているなどと発言するんです』
「素直じゃないな。相変わらず」
虎於は鼻で笑う。
私は、はたと立ち止まった。いつも胸ポケットに差しているボールペンがないことに気付いたのだ。どうやら、さきほどの部屋に忘れてきたらしい。
『すみません。忘れ物をしたので、先に車へ戻っていてください』
私は虎於と別れ、来た道を戻る。
会議室の扉は、薄く開いていた。それでも一応はノックをしようと、手をかざす。
その時、室内からさきほどの男達の声が漏れ聞こえてきた。
「予想以上に良かったですな、御堂虎於という男」
「えぇ。サンダードライのイメージにも近いですし」
「なにより、ŹOOĻはあのツクモが今 最も力を入れ売り出しているアイドル。人気が出ない筈がないですから」
「ですね。もう彼で決まりでしょう」
もう、ボールペンは諦めよう。そう思い 踵を返そうとした私に、さらなる現実が押し寄せる。
「それにしても、私はあの男が恐ろしいですな」
「あぁ、中崎マネージャーですか?」
「えぇ。どういう事情があって職場を移したのかは知りませんが、ついこの間までTRIGGERをあれだけ推していたというのに…」
「見事に言い切ってましたねぇ。TRIGGERよりも、ŹOOĻが上へいくんだと」
「一切の迷いもなく、表情の1つも変えず、はっきりと。いやはや、あぁいう冷徹な男は恐ろしい」
立ち去りたいのに、足が床に縫い付けられたように動けない。これ以上もう、どんな言葉も聞きたくないのに。
立ち竦む私の肩に、背後から手を置いたのは、虎於であった。
『!!』
「あんたが選んだのは、こういう道だろ?なんだ、今さら怖気付いたか?可哀想にな。俺が、慰めてやろうか」
結構です。
私はなるべく気丈を振舞って、男の手を払いのけた。