第92章 これでも頑張ったんだよ?
帰り道、タクシーの中。
私は、社長…いや、八乙女宗助に電話をかける。
そして手短に、用件だけ伝えた。それは、TRIGGERと八乙女プロの切り離しの話を白紙にしてくれ。というものだった。
その理由は、明日詳しく話す。それだけ言って、私は携帯の電源を落とした。
そう。もう、TRIGGERが八乙女プロダクションを辞める必要はなくなったのだ。彼らが事務所を去らなくとも、ツクモから圧力をかけられることは、もうないのだから。
今ではすっかりと慣れ親しんだ家へ、帰還を果たす。オートロックの玄関を潜り、エレベーターに乗って、降りて、廊下を歩く。それからようやく、自宅玄関の扉を開けた。
電気も付けず、ただいまも言わず、私はフラフラと彼の元へ向かう。
リビングの扉を引いた瞬間、彼は飛び出して来た。そして、酷く狼狽した様子で声を上げる。
「っ、エリ!おかえり、連絡も取れないし俺、探しに行こうかって思…。って!?ど、どうしたの頭、それ、包帯!えっ!?もしかして怪我を」
『…っ、!』
龍之介に肩を掴まれると、あの男から食らった攻撃による傷が痛んだ。顔を歪めると、彼は目を大きく見開いてそれから、荒々しく肩の怪我を露出させた。
少し腫れた患部を見て、龍之介は私の手を引いて歩き出す。
「今すぐ病院に」
『待って』
私は進行方向とは逆に、彼の腕を くんと引く。
「でも、エリ!そんな怪我をして」
『いい。いいから。ちょっと、お願い。今は黙って、体温を頂戴。少し…疲れた』
私は額を彼の胸に引っ付けて、それからゆっくり全身を預けていく。
次第に、龍之介も落ち着きを取り戻していった。私を優しく抱き込んで、悲痛な声を漏らす。
「…一体、君の身に何が起こったって言うんだ」