第92章 これでも頑張ったんだよ?
彼が、逃げろ と最後まで言えていたとしても、私はここを動かないわけだが。
腕組みをして待っていると、エレベーターがロビーに到着する。そして、中から屈強な男が降りてきた。
隙があれば、この場で張り倒してやろうと思っていた。しかしこの男、どうやら相当の手練れであるらしい。素人相手にも、油断してくれない。こういう輩は厄介だ。
とりあえず抵抗をするのは後回しにして、求められるがまま携帯電話を男に預けた。
リビングに足を踏み入れた途端、両手を後ろに縛られた百が出迎えてくれる。
「春人ちゃん!ごめ…ごめんね!出来れば巻き込みたくなかったんだけど」
『私の方から巻き込まれに行ったので、お気遣いなく』
私が話している最中だというのに、男は後ろ手に両手を縛る。
『ちょっと。感動のハグくらいさせてくれても良いでしょう。そんなふうに両手が縛られていては、出来ないじゃないですか』
「え?両手縛られてなかったらハグしてもいいの?その言葉、オレちゃんと今 聞いてたからね」
『あれ?百さん結構 余裕ですね』
百からは、尋常ではないアルコールの匂いがした。自宅で1人 晩酌を。程度では済まない量の酒を呑んだとしか思えない。もしくは、呑まされたか。だ。
どさっと、部屋の中央に捨てられた私達。背中を合わに座り、謎の男どもを見上げる。その様子を、よく観察した。
「おい…どうする。2人になっちまった」
「そりゃ、両方消すしかねぇだろ」
2人の男は私の参戦を前に、足並みを乱しているようだ。今なら、行けるか。油断している今であれば、1人はやれる。百は、どのくらい闘えるのだろう。いや、違う。私は馬鹿か!ベロベロに酔っ払っているアイドルを頭数に入れるなんて。不確定要素を計画に組み込むなど、私らしくもない。
『……』
(あれ。もしかして私、いま結構テンパってる?)