第88章 合言葉をはいどうぞ!
『…少し、時間を下さい』
「うーん、それはあまりお勧め出来ないかなぁ。僕は気が短い質だから」
『私の一存で、答えは出しかねます』
「つまらない答えだ。まぁ少しだけ待ってあげる。でもなるべく急いだ方がいいよー。
君は、TRIGGERの生きる世界は白い方が良いなんて言ってたけど。僕がその気になれば、黒の世界よりももっと酷い世界を構築出来るんだ。たとえるなら…」
了はそこまで言って、右手を大きく振り上げた。そして、テーブルの上の小さな世界を弾き飛ばした。
私達がずっと例え話に使っていた、世界と称されたオセロ盤。真っ白だった駒達は、見るも無残に床に叩きつけられてしまう。
「こんな世界で、果たしてTRIGGERや君は、立っていられるのかな?」
それに何も答えることをせず、席を立った。そんな私を了は見上げ、手を差し出す。
「やっと伝説のアイドルに会えたんだ。帰る前に、握手してもらってもいいかな?」
『お断りします。私の大切な世界をぶち壊した、その手。触れるどころか、見ているのも不愉快です』
座ったままの了を見下し、毅然とした態度で断りを入れる。すると。何を感じたのか彼は、うっとりとした表情で私を見つめた。
「相変わらず綺麗だねぇ。君は何も変わってない。凄く綺麗だ。あの日見たステージを思い出すよ。
でもさぁ、綺麗な物って乱したくならない?等間隔に並んだ大量のドミノとか。ショーウィンドウに飾られた新品の衣装とか。僕はそういうのを見ると、どうも壊したくなっちゃうんだよ。ぐっちゃぐちゃにね」
私はそれにも答える事なく、静かに扉へと向かった。そんな背中に了が叫ぶ。
「バイバイまたねー!良い返事が聞けること、期待してるよ!」