第88章 合言葉をはいどうぞ!
『こんばんは。八乙女プロダクション、中崎です』
中に了がいる事は、間違い無いだろう。しかしいくら待っても、何度ノックをしてみても返事がない。案内係も、もう消えてしまった。
仕方がないので、失礼しますと声を掛けてから、ノブを回してみる。
ノブは、左にも右にも回らなかった。施錠されているのだと分かった、その瞬間。
さも愉快そうで、子供みたいにはしゃいだ声が室内から聞こえてくる。
「あっはは!ん〜 ダメダメ!そんなんじゃ開かないよ?」
『は?』
「あれ?察しが悪いなぁ。じゃあ特別に大ヒントだ!合言葉をはいどうぞ!」
彼と取り交わした合言葉など、ありはしない。しかし、彼の望むであろう言葉なら、私の脳内に浮かんでいた。
『どうか私の為に、貴方の貴重なお時間を頂戴出来ませんか?』
中からは満足そうな声で、どうぞ。と返って来た。
彼の予言通りになったというわけだ。
先日 行われた、あけぼのテレビでのパーティ。そこで了は私にこう告げた。
予言してもいいよー!
君は近々、自分の足で僕のところへやって来る。それからこう言うんだ。
“ どうか私の為に、貴方の貴重なお時間を頂戴出来ませんか? ” ってね!あっはははは!愉快だね!とても楽しい気分だ!
目論見通りに事が進み、彼はさぞかし、愉快で楽しい気分でソファに座っている事だろう。
長い足を組み、いやらしくほくそ笑む了の姿を想像しながら。私は開錠された扉のノブを引いた。