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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第88章 合言葉をはいどうぞ!




社用車で、ツクモ本社へと向かう。ナビの設定などは不要だ。業界人で、その場所が分からない者などいない。出来る事なら私も、もっと明るい気持ちでここへ出向きたかった。

アポイントは、さきほど了本人に取ってある。彼は、非通知の着信であるにも関わらず、露ほどの躊躇も見せずに電話に出た。
そして開口一番で、こう告げた。


遅かったじゃないか。君ならもっと早くに真実に辿り着いて、すぐ会いたい!って連絡くれると思ってたのに!あはは!僕は君のこと、買い被りすぎてたかなぁ?


私のスルースキルを持ってすれば、それくらいの嫌味を聞き流すくらいは容易い。彼の長ったらしい売り言葉には一切触れず、話をする約束を取り付けたのだった。

なるべく早く会いたいという、こちらの意向を伝えると。彼はノータイムで、今から来れば良いと言ってのけた。その時の、異様とも取れる突き抜けた明るい声が、今も耳にこびり付いている。10年来の友と、久し振りに再会出来る時のテンションみたいだった。


気味の悪い、そして極めて優秀だと分かっている男が敵に回っているのだとしても。尻込みしている時間も猶予もない。

私は到着した、立派過ぎるビルを見上げた。


社長室まで案内してくれるという女性の背中を見ながら、頭の隅でこんな事を考えていた。
今更だが、雨には良い思い出がない。

万理と別れるきっかけになった喧嘩をした時も、嵐のような雨が吹き荒れていた。
私が初めて曲を作る事が出来なくなった時も、大雨だった。
そして、まさに今 この時も…


案内係が、扉の前で足を止める。自らの役目を終えた彼女は、うやうやしく頭を下げてからこの場を去った。

私は、窓を叩きはじめた大きな雨粒を数秒間見つめてから、その扉を叩いた。

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