第87章 こっち側は、私の領分だから
困ったように微笑んで、了承してくれた彼とやって来たのは、ダンスレッスン室だった。
ここは、私達が初めて出会った場所。彼は、目を細めて室内を見渡した。
「懐かしいなぁ。今でもよく覚えてるよ。ここで、君と会った時のこと」
『私と楽がレッスンをしているところに、貴方がやって来たんでしたね』
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「そうそう!そしたら春人くんがいきなりさ、TRIGGERのプロデュースを全任されましたー!とか言ってさ!
ダンスも振付けも、ずば抜けたセンスでこなしちゃうし、僕は本気でお払い箱かと思ったんだよ?!」
『はは。でも、そうはならなかったでしょう』
「そうだね」
彼は、俯いてぽつりと言う。そして両足を艶やかな床の上で動かすと、キュっとゴムの擦れる音が室内に響いた。
『それが何故だか、分かりますか』
「君が、僕をクビにしないでって社長に言ってくれたからだ」
『全然 違いますよ。貴方がお払い箱にならなかったのは…
ただ、TRIGGERにとって、貴方が必要な人だったからです』
「……」
『貴方が生み出すダンスなくして、今のTRIGGERはなかった』
「…ぅ、…ずるいよ、春人くん…。止めないって…言ってたくせに」
『私、べつに止めてないでしょう』
彼の涙が、ポタポタとフロアに落ちていく。私は、そっとハンカチを差し出した。
『きっともう貴方は、ここを去る意志を固めてしまっているのでしょう。だから、止めません。ただ、餞別代わりにひとつ教えて下さい。
貴方はどうして、ここを去らなければならないのです?』