第86章 あの人に近付いちゃ駄目だ
「もー、本気でびっくりしちゃったじゃん。
あ!オレ、そろそろ戻らないと。おかりんの目を盗んで抜けて来ちゃったんだよね」
『それは、早く行ってあげて下さい。きっと彼、今頃 半べそで貴方を探していますよ』
私が言うと、百は頷いてから来た道を戻って行った。何度もこちらを振り返り、大きく手を振る。それに毎回、私やメンバー達が応えるのだった。
彼の姿が見えなくなってから、私達は再び歩き出した。歩き出してすぐ、スーツの袖が くっと誰かに引かれる。
私を呼んだのは、天であった。楽や龍之介からそっと距離を取り、私達は抑えた声で会話する。
『どうかしましたか』
「どうして百さん、忙しい中わざわざ抜け出してまでキミに謝りに来たの」
『まぁ、ちょっと意地悪を言われたんです』
「違う。ボクが聞きたいのは、どうしてキミの事を大好きなあの人が、あえて意地悪を言わなくちゃいけなかったのかってこと」
天の鋭い眼光は、思慮する時間すら与えてくれない。
「どういう状況に陥ったら、そうなるの」
『分かった。分かりました。話すので、そう睨まないで下さいよ』
「嘘を吐いたら、睨むくらいじゃ済まさないから」
『…百は私を、遠ざけたかったから。
ある人から、遠ざける為に、私を悪く言った』
「ある人って?」
私は、首を横に振った。
今後、天も了に会う機会もあるだろう。わざわざここで、嫌な先入観を与えるメリットはない。
「…言わないつもりなら、それでいいけど。
また変な事に、巻き込まれないで。キミのトラブルなら、ボク達も無関係じゃいられないんだから」
『それは…私とTRIGGERは、一連托生であるという、貴方のデレと受け取っても良いんですか?』
「プラス思考」
『都合良く考え過ぎましたか』
「…まぁ、好きに受け取ればいいんじゃない?」
天は、若干呆れたように薄く笑った。
『……』
(変なことに、巻き込まれないで。か)
確かに、天の言う通りだ。
ツクモの社長とお近付きになりたいと思っていたが、あの曲者とは一線を置いた方が賢いかもしれない。
私はそう、冷静に線を引いた。
もう、この片足を、大きな渦の中に突っ込んでいるとも気付かずに。