第85章 かっけぇわ
【side 二階堂大和】
顔が見たいのに、見たくない。
声が聴きたいのに、聴きたくない。
こんな支離滅裂な感情に振り回されるくらいには、心は未だ奴に囚われている。
覚悟はして来たつもりだった。俺達が招待されていて、TRIGGERが呼ばれてないなんて事は絶対にない。
TRIGGERが居るということは、彼女もきっとここに来ているだろうから。
顔を合わせた その時は、何事もなかったように笑ってやろう。ほんの少し笑えるくらいのジョークで場を濁してやろう。
あんたに、恋をする以前の俺みたいに振る舞える。
そう思っていたのに、全く出来なかった。
トイレから戻り、会場に一歩 足を踏み入れたところでエリを見つけた瞬間。心をコーティングしていた物が、全部どこかに弾け飛んでいった。
足がひとりでに、再び外へ向いた。
情けなさと、自己嫌悪。
あの環でさえ、自分の気持ちに折り合いを付けていたというのに。
…まぁ、万理の作戦勝ちみたいなところはあるが。それは置いておこう。
いつまでも上を向けない俺よりは、何万倍もマシだ。
そして。そんな最高に格好悪い俺に、声を掛けて来たのは…
いま1番 顔を見たくなくて、いま1番 声を聴きたくない、この男だった。
「大和くん」
俺が欲しくて欲しくて仕方なかったものを、掻っ攫っていた男。
「大丈夫?さっき中から見かけて…なんだか、様子がおかしかったから」
大丈夫だ。笑える。平気だ。喋れる。
「あれ、十さんじゃないですか。駄目ですよ、俺なんて追っ掛けて来てこんな場所にいたら。
あんたに会いたい人いっぱいいるでしょ。ほら、俺の事は放っておいて良いですから。さっさと中、戻って下さいって」
「…放っておけないよ」
—— 放っておいてくれよ。 頼むから。