第84章 その日が来る事を心待ちにしています
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『てな事が、あったわけ』
「そっか。エリがなかなかトイレから戻らないから、どうしたんだろうって話してたんだけど。ナギくんと会ってたんだね」
食後にこうしてソファへ横並びになり、龍之介とまったりと過ごす。私にとってかけがえのない、幸せなひと時だ。
当たり前のようでいて、物凄い奇跡の上に成り立っているようでもある。
「でも、ナギくんは凄いな…どうしてそこまで、エリの事が分かるんだろう」
『私の事だから。じゃないよ、きっと。
彼は、飛びっきりに頭が切れるから。物事を多角的に捉えて、違和感を敏感に察知する。だから、私の事以外にも、色んな真実が見えているんだと思う』
一体 どんな環境に身を置いて、どんな教育を受ければ、あの歳で彼のような聡い人格が構築されるのだろう。
私には、それを知り得る術はない。彼の生い立ちが、冷たく悲しいものでない事を 祈るばかりである。
「それで、君はナギくんに何て答えたの?」
『え?』
「ほら、訊かれたんでしょ?どうして俺を選んだのかって」
『…気になる?』
「気になる」
『じゃあ秘密』
「ひどい!」
『あはは』
私の中に小さな小さなしこりを残したのは、そんな人並み外れた能力を持った男の言葉。
“ ほんの紙一重の差 ”
どうしようもなく、考えてしまう。
もし何か、本当に些細なきっかけがあれば…私は龍之介ではなく、天や楽を選んでいたのだろうか。
たまたま、私の窮地に龍之介が多く居合わせたから?もし、その場面に居合わせたのが、天や楽だったなら、私は…その2人のどちらかを選んだ?
それくらい、私は3人を、同じくらい想っているのだろうか。
そんな曖昧な差で、選ばれてしまった龍之介は、果たして本当に幸せなのだろうか…