第84章 その日が来る事を心待ちにしています
私とナギは、肩を並べて廊下を行く。行く当ては、特にない。ただ足を交互に動かすだけ。
やがてピタリと、その足を止めたのはナギの方だった。そして、黙って私にハンカチを差し出す。
それを見て、初めて自分の輪郭に汗が伝っていることを知った。
『…ありがとうございます。
すみません。貴方を助けるつもりで割り込んだのに、逆に私の方が助けられてしまいましたね』
「No problem.気にしていません。それに救われたのはやはり、ワタシの方。
もしあの場で、アナタが声をかけて下さらなければ…
ワタシは彼を、羽交い締めにして力の限りに殴り付けていたかもしれません。それは、紳士にあるまじき行いです」
『はは。では私が救ったのは六弥さんではなく、あるいは棗さんの方だったのかもしれませんね』
「ふふ。たしかに、そういう捉え方も出来ますね」
巳波と、何の話をしていたのか。何が起因して、あんな険悪な雰囲気になったのか。
質問をしようとして、やっぱりやめた。
人には、他人に容易く踏み込んで欲しくない領域というものがある。きっとナギにとっては、さきの会話こそがその領域に当たるだろう。
「春人氏。気を付けて」
『……』
「棗氏は、アナタのトップシークレットを知っています。これ以上、アナタのテリトリーに踏み込ませてはいけない。
あの男は、執念深く粘着質です。まるで、ヘビのように。これからは最大限の注意を払い、彼と関わらないようにして下さい」
胸に手を当て、真摯に忠告をくれるナギ。
本当に…どうして私の周りには、こうも優しい男ばかりが揃っているのだろう。
『棗さんが、私の秘密を知り得ている』
「YES」
『そう… じゃあ、貴方は?
一体、私の何を知っていて、どんな秘密に気付いているのかな。
ねぇ。ナギ』