第84章 その日が来る事を心待ちにしています
「貴女は、歌いましたか?」
『……』
「もしも、過去に歌った事がきっかけで、悪い人間に目を付けられると分かっていたとしても。
それでも、あなたは…歌いましたか?」
巳波は、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
ゆらりと歩くその姿は、若く美しい死神のよう。私の命を、刈り取りに来たのだろうか。
「過去に歌声を披露したせいで、その悪者はあなたを捕え、鳥籠に閉じ込め、棒で叩ついて無理矢理に歌わせる。
それこそ…あなたが死んでしまうまで、その地獄は続くでしょう。
そんな未来が見えていたとしても、あなたは…ステージに立って、歌いましたか?」
『棗さん。貴方は、間違っています』
「はい?」
『 “ あなた ” ではなく “ カナリア ” でしょう』
「あらあら。私、あなた なんて言っていましたか?失礼しました。
そうです。今は、カナリアのお話をしていたんでしたね」
わざとらしく声を出して、巳波は笑う。
『まぁ、もうどちらでも良いのですけどね。
お答えしましょう。
私なら、歌う。だってその時のカナリアは、歌う事しか知らなかったから。息をするのと歌う事は、同義だったから。
そこにステージがあるのなら、歌わない選択肢など ありはしない。
ただ、奏で 踊り 歌うだけです』
臆する事なく言い切った私を見て、初めて巳波の顔から笑みが消える。
さらに私は付け加える。
『あぁそれから、まだ見ぬその “ 悪者 ” とやらの目玉を…鋭い嘴で突いてやりますよ。
いつか、無事 未来で会えたその時にはね』
言いたい事だけ身勝手に告げると、私は今度こそナギと共にその場を後にしたのだった。
「あぁ。なんて、愚かで浅はかなのでしょうね。
その美しい声で、鳴きさえしなければ… “ あの人 ” に目を付けられずに済んだというのに。
貴女が歌ったことで、全てが崩れ去ってしまうというのに。
ふふ、本当に…馬鹿なカナリア。
ですが、どうしてでしょうね。
そんな、無知で愚鈍でどうしようもない存在が…こうも愛おしく感じるのは。
愛おしくて、愛おしくて…
私のこの手で、握り潰してしまいたくなる。
ぐちゃぐちゃに」