第84章 その日が来る事を心待ちにしています
『六弥さん!』
「「!!」」
『あ…っと。すみません、お話し中に。お邪魔しちゃいましたかね』
「…私達の会話を止める為に、わざと割り込んで来たくせに」
『何か仰いましたか?』
「いえ、べつに何も」
巳波は、一見して朗らかな笑みを湛えて言った。私には、それが人を欺く為に作られた笑顔なのだと すぐに分かった。
しかしながら その偽物の笑顔は、背筋がぞくりとするほどに綺麗だ。
それに応えるように、私も同じ様に微笑を顔に張り付ける。にっこりっと。
そんな作り笑いの応酬を見たナギは、額に手を当てて、頭を左右に振る。
「OH…棗氏だけでも寒かったというのに。春人氏が加わって、より体感温度が下がりました…」
私はそんな彼を、注意深く観察していた。
良かった。いつものナギだ。ほっと息つく私に、巳波が手をこちらに差し出した。
「はじめまして。中崎さん。私は、棗 巳波と申します」
『これは、どうもはじめまして。中崎春人です。光栄ですね。私を知ってくれているなんて。月影の棗さんほど有名な方が』
「お褒めの言葉、ありがとうございます。しかし先日その月影が、私のプロデュース全権をツクモに委託したんです。
ですので私は、もう実質的にはツクモの人間ですね」
考えれば、この時から違和感はあった。
どうして私などに、そんな仔細を説明する必要があったのか。無駄話を好む人間には見えない。
さらに言えば この男が、自分から自己紹介をし、初対面の人間に握手を求めるタイプには どうしても見えなかったのだ。
しかし、差し出された手を拒否する訳にもいかず。私は胸の騒めきに一先ず蓋をして。彼の白い手をとった。
冷たい、手だった。