第83章 う〜〜ん、むにゃ…
「ステージに立つ前、いつも思い浮かべるんだ。
ここに立ちたくても立てない人は、一体どれくらいいるんだろうって」
『!』
「俺達が勝った事で、そこに立てなくなった人。いつかここで歌う事を夢見て、努力をしている人。それに…
歌いたくても、もう 歌えない人。
そういう人達の分まで、俺は…歌ってるんだぞって。だから、生半可なステージにはしちゃいけない。
なんていうか、上手く言えないけどそういう…」
『っ……、ぅ、…ッ!』
はらはら。はらはらと、ただ雫を零すしか出来ない。龍之介は、そんな私の名前を優しく呼ぶ。
「…エリ?」
『っ、ふ、…ご、めっ…大丈夫、だから』
「俺が、泣かせちゃった?…ごめんね」
『違っ、私…嬉しくて、ただ…嬉しくて!』
あの、バーの地下で。
蹲って、泣いて、嘆いて、泣いて。
“ どうして私は、歌えなくなってしまったの? ”
“ こんなにも歌いたいのに、どうして? ”
長い長い間、立ち上がる事の出来なかった私を。龍之介は、救ってくれた。
こんな事があるんだ。
何年も前の自分を、今になって、救ってくれる人が現れるなんて。
『龍が…見つけてくれたから…っ!あの頃の私を、今 龍が見つけてくれた。
昔の私の隣に来て、優しく立ち上がらせてくれたから、私は…、嬉しくてっ。涙が…止まらないのっ』
龍之介は、そっと私を抱き寄せる。
泣き噦って、揺れる背中を、ゆっくりゆっくり さすってくれる。
このまま、彼の胸に全部を預けて泣いていたかったが。どうしても、まだ一言伝えたくて、私はなんとか顔を上げた。
龍之介は、流れ続ける涙を全部 指で受け止めてくれる。
『龍、ありがとう…!
私を救ってくれて…ありがとう』
“ いいよ ” とか “ 大丈夫だよ ” とか。
龍之介は、何も言葉を発さなかった。
ただ、甘い微笑をたたえて。
優しい口付けをひとつ、この唇に落としてくれた。