第81章 子供じゃないんだ、分かるだろ
得体の知れない恐怖から逃げたくて、私は足早に部屋へと向かっていた。
急いだせいだろう。注意散漫になっていたらしく、廊下の角で人とぶつかってしまう。
当たった鼻頭を押さえながら、顔を上げる。
『っ、すみませ、前を見ていなくて』
「春人?お前なにやってんだよ」
『楽、だったんですね』
「ちょうど良かった。今あんたを探して…って、どうした。顔が真っ青だぞ」
『え…』
「何があった。トラブルか?」
途端に真剣みを帯びた表情になり、私を覗き込む楽。彼がこんな顔になってしまうくらい、私の顔色は悪いのか。もう気分はそう悪くないのだが、まだ血の気は引いたままなのかもしれない。
『いえ、大丈夫です』
「お前がそんな顔になるなんざ、よっぽどだろ。俺が話をつけてやる。で、どんなトラブルだ」
『いや、本当にもう解決したんです。
ほんの少し…怖い人に会っただけなので』
「怖い人?あんたが青い顔で逃げ出すような奴が、まだこの近くにいるのか?ヤバイな」
『む…私、逃げ出してませんから』
「お、怒んなよ。悪かったって」
私なりに懸命に戦ったというのに、逃げ出したとは心外だ。私は頬を膨らませて楽を睨み上げた。
そういえば…と、私は虎於に言われた言葉を思い出す。
『楽、ひとつ質問をしたいのですが。正直に答えてもらえます?』
「おう、言われなくても俺は嘘は吐かないぜ」
『私って…臭いですか?』
「は?
なんだ、もしかして春人お前、そいつに臭いってイジメられたのか?」
虎於は、私を嗅いで言った。
匂いが漏れ出ている、と。
それは、虎於だけが感じる匂いなのか。はたまた、私の体臭の問題なのか。一体どちらなのか気になったのだ。
楽は背を丸めて、私の首横で鼻を鳴らした。彼のふわふわとした髪が、頬をかすめる。
『ど、どうですか』
「……甘い」
『それは、臭くはないと?』
「あぁ。前から思ってたけど、あんたって女みたいな匂いがするよな」
この言葉を受け、男性用の香水の使用を検討するのであった。