第81章 子供じゃないんだ、分かるだろ
不思議な魅力のある瞳が、近付いてくる。龍之介達のような、キラキラとした透き通った瞳ではない。
虎於の瞳は、世の中の綺麗も汚いも見てきたであろう、深みのあるものだった。目を合わせると、どこまでも引き摺り込まれていきそうな心地だ…
「匂いが」
視界から、彼の顔が消える。
何故なら、私の首筋の方へ移動したからだ。
虎於は、私のそこへ顔を近付けた。太い血管の近くを、彼の鼻先が触れるか触れないか。その位置で、虎於は すんと息を吸い込んだ。
「漏れ出てるぜ。男を誘う、女の匂いだ」
ごく近い距離から、甘い声が揺らぐ。
ドキドキとか、キュンキュンではない。心臓が、バクバクと嫌な高鳴り方をした。
逆らいようのない、圧倒的な強者のオーラにあてられたのだろう。
あぁ、息が。
息が、出来ない。
「っごめん!!遅れ、たっ!」
「!!」
息が、吸えた気がした。
「はぁ…っ、はぁ!ごめんね、本当に…」
「…ッち。タイムリミットか」
「え?」
「何でもない。こっちの話」
「そっか。あ、えっと、君が御堂虎於くん だよね?俺は」
「自己紹介の前に、トイレにでも行って身なりを直してきたらどうだ?
汗だくの上、髪は振り乱れてるし、とてもじゃないがホテル王の息子には見えないぜ」
「う、うん。じゃあちょっと行ってこようかな」
「おう。今さら帰ったりしないから、ゆっくり行って来いよ」
「ありがとう。じゃあ、もう少し待ってて。ごめんね」
龍之介は促され、その足で御手洗へと向かった。
その瞬間、虎於は私に向き直り言った。
「…へぇ。あんた、笑うとまた美人だな」
その言葉で、私は自分が微笑んでいるのだと知った。