第79章 知るか!バーカ!
男と別れた後も、私達は繁華街をぶらついていた。
それにしても、やはりさっきのスカウトマンの事が気になる。あの尋常ではない必死さに、殺されるという不穏なワード。
それになにより、彼が震えながら口にした “ あの人 ” とは一体…
「春人くん」
『……』
「大丈夫?春人くん」
『あ…はい。何ですか?』
「さっきの人の事、考えてた?」
『すみません、せっかくのデー…お出掛けなのに。ぼーっとしてしまって』
「いや、いいんだ。俺も気になってたから。
あの人、大丈夫かな。随分 切羽詰まってたみたいだった。もしかしてツクモで何か、起こってるのかな」
龍之介はそう言って、まるで自分が問題を抱えているみたいに顔を曇らせた。優しい彼は、他人の痛みに敏感だ。
私はまるべく暗くならないように努めて述べる。
『まぁ、会社にはその会社のやり方というものがありますから。もしかすると、あの方の上司でも代わったのかもしれませんね。
その人が、今までとは違って厳しいやり方を好む人間なのかもしれません。
べつに、よくある話です。
八乙女プロだって、そういう人間は多いですよ』
「そうなんだ。やっぱり事務所の内情なんかは、タレントである俺よりも君の方が詳しいんだろうね」
『事務所の仄暗い内情なんて、タレントが知る必要ないですから。それでいいんです』
「そうなのかな…」
『ふふ。そんなに知りたいんですか?会社の闇を』
「あはは。春人くんのその笑顔、なんだか怖い」
私はわざと脅かすような表情で、龍之介を見上げる。
『うちで一番ブラックなのは、あの社長ですよ。
今でこそ少し丸くなりましたが、私と出会った時はそれはもう怖かったですよ?
頭がキレる分、他人にも高い成果を求める。仕事が出来ない人間は、とことん追い詰めて追い詰めて、ペンペン尻を叩くんです』
「ペンペン…。春人くんもお尻叩かれた!?」
『…さぁ、どうだったでしょう』
べつに 物理的に尻を叩かれる訳ではないが。彼が成果の為に、社員をギリギリまで追い込むのは本当だ。
それに耐えられなくなって、とんでもない暴挙に出る人もいる。それこそが、日向アキヒトだ。
あの不祥事が起きてから、社長のやり方は少し変わったように私は思う。