第78章 私…彼氏が出来た
「え…っ!お前の好きな男って、つな…っ、そっちだったのか!」
万理は驚きのあまり、龍之介の名を叫んでしまいそうになった。しかし すんでのところで、そっち。と言い換えた。
『いや逆に どうして私が、あっちに惚れてると思ったの?』
私は彼に倣い、楽の事を あっち。と差し替えた。
こういう場所で、みだりにタレントの名を口にしない。私達、アイドルを支える立場の人間としての嗜みである。
「そりゃぁ、俺の冴え渡る直感で」
『いやそれ、ただのカンじゃん』
互いに、隣に立つ相手の顔をしばし見つめる。そして、2人同時に ぷっと吹き出した。
「ははっ。なんか今の感じ、懐かしいな」
『うん、懐かしい!こんなやり取りしてたら、本当に10年前にタイムスリップしたみたい』
ファミレスに、カラオケ。そして今と同じように、コンビニの前。私達の青春は、確かにそこにあったのだ。
「でも、良かった」
『あはは。何が?』
「エリが、幸せそうに笑ってて」
『万理…』
「ほら。10年前、俺が最後に見たお前の顔は、泣き顔だったからさ」
『あれは…私が泣いてたんじゃなくて、雨が降ってたからそう見えただけだよ』
「同じ事だろう?俺が エリを追い詰めて、悲しい顔をさせてたのは間違い無いんだから。
でも、本当に安心した。
今度こそ、ちゃんと幸せにしてもらえよ」
ぽん。と、頭の上に乗る万理の手が、温かくて。優しくて。でも彼の表情は、物悲しくて。
あぁ、早く言わなくては。あの時だって、私は幸せだった。今も幸せだれど、10年前だって 同じくらい幸せだったんだと。
喉に張り付いた声を、なんとか上へ上へ持って来ようと躍起になる。その時、私のポケットにある携帯電話が鳴いた。