第77章 ぃやーぬくとぅ かなさいびーん!!
やがて目の前に並んだのは、アクアパッツァとサラダとパン。俺達は食前の挨拶をしてから、それらに手を付けた。
「うん!すごく美味しい」
『そう?良かった…』
俺の言葉を受け、彼女はほっと胸を撫で下ろした。お世辞でもなんでもなく、本当に美味しいのだ。
火の通り加減が抜群で 魚は身解けがよいし、塩味のバランスが良く野菜の甘みが引き立っている。
しかしエリは、どこか不安気に こう言うのだ。
『龍は…レシピを見ないと料理出来ない女って、どう思う?』
「え?どうって…べつに、どうも思わないけど」
『本当?
龍ならさ、食材を見ただけで作るものパパっと決めて美味しい物作れるし、レシピに頼らないで味付けも簡単に出来るでしょ?
それに比べたら、私の料理なんて大した事ないと思って…』
カチャリと、フォークを手元に下ろすエリ。
彼女は、作曲も作詞も出来て、歌も上手い。それに護身術も身に付けていて、さらには敏腕プロデューサーの名を欲しいままにしている。
そんなエリでも、こんな些細な事に頭を悩ませるのか。意外な一面だった。
いや、些細な事。なんて言ったら、彼女に悪いだろうか。
現に今、エリはこうして思い悩んでいるのだから。
何をどう伝えれば、彼女が胸を痛める原因を取り除いてやれるだろう。
「俺が料理出来るか出来ないかなんて関係ないし、エリがレシピを見ても見なくても関係ないよ。
ただ、君が俺の為にこうして料理を作ってくれた事が嬉しい。大袈裟でもなんでもなく、今こうしてエリの手料理を食べられて、俺はすっごく幸せだ!」
ありのままを伝えると、それだけで彼女は笑った。
その、まるで春の花畑みたいな笑顔に、俺は釘付けになり、胸が苦しくなった。