第77章 ぃやーぬくとぅ かなさいびーん!!
「はい。どうぞ」
俺が助手席のドアを開いてやると、彼女は淡く微笑んで車内を見やった。
『私がこっちで良いんですか?』
「はは。当たり前だろう?今日は2人とも、休みなんだから」
『では、お言葉に甘えて』
俺が運転席。彼女が助手席。
いつもと逆の座り位置が、こんなにも嬉しい。
右折する為に指示キーを出す。そしたら車内には、カチカチカチと無機質な音が響いた。そんな単調なリズムにさえ、今の俺は踊り出してしまいそうな心境だった。
だが同時に、車内が静か過ぎるのではないかと思い立ち、ラジオを付ける。パーソナリティの陽気な声が、俺と彼女だけだった空間に割り込んだ。
「…ラジオより、音楽をかけようか?」
『ううん。音が無くてもいいし、音楽でもラジオでも どっちでもいい』
そうだった。
たしか彼女は、静寂だとか無音だとかを敬遠しないタイプの人間だった。
それならばと、さっき付けたばかりのラジオをオフにする。
どうせなら俺も、彼女と2人きりの時間を楽しみたいと思ったから。今だけは、どんな美しい音楽も、誰もが聞き惚れるような美声も、欲しくはない。
『龍は、何が食べたい?』
「え、そうだな…。どうだろう?エリは?」
『龍が食べたい物』
静かになった車内に、彼女はぽつりと零した。
赤信号のタイミングだったので、そっと隣の彼女を見つめる。
すると、エリも俺の顔を じっと見ていた。バチっと視線がぶつかり合う。
なんだかそれが、無性に恥ずかしくて。まだ信号は青になっていないと分かっていたが、顔を正面に戻した。
「じゃ、じゃあ魚…。魚とか!ちょうど、家に冷凍してる鯛があるんだ。野菜も割と残ってるから、それで何か作るよ!」
アクセルを踏むと同時に、そう告げる。すると彼女は、私が作るって言ってるのに。と、拗ねた様子で呟いた。
本当に、今日の彼女はいつもと様子が違う。どうしてしまったのだろうか。