第76章 知らず知らずの内に、同じ女に惚れていたんだな
『私は、もう…歌えないんですよ』
「お願い。逃げないで。辛い過去から逃げないで。
過去のあなたにも、現在のあなたにも、真正面から向かい合って欲しい」
『ちょっと、理解が及びません。先輩は私にどうして欲しいんですか?
まさかとは思いますが…私に、公表しろと?
私がLioの正体だと。声を失った、悲劇のアイドルだと?』
私は自分でも気付かぬ内に、嘲笑を零していた。
そんな事をして、いまさら世間を騒がせて。それで一体、何がどうなるというのだ。
「…その判断は、あなたに任せる。でも、断言する。
このまま逃げ続けていたら、きっと良くない事が起きるから。
いつかあなたの大切な人を、大切な物を、あなたが抱えた爆弾のせいで傷付けるわ」
まるでそれは、死の宣告だった。彼女の言葉は、遅効性の毒みたいに、私の心臓にじわりと染み込んでいく。
「そうなる前に…言ってしまうべきよ。そしたらきっと、あなたも前に進める。
それに、あなたがもうパーフェクトに歌えなくたって…あなたの曲は、世界中の人間に愛してもらえるわ」
『……』
MAKAという人間は、純朴で真っ直ぐだ。
だからこそ、楽と馬が合って仲良くやっているのだろう。
しかし、彼女は分かっていない。
芸能界は、綺麗事がまかり通る世界ではないのだ。MAKAがいま言った事も、夢物語でしかない。
私がLioだということが周知の事実になれば、悪い者を引き寄せる。確実に。
決して少なくない、その悪人達は。金のなる木を、みすみす見逃すような事はしないのだ。
利用されるのが、私だけならまだ良い。
しかし。悪人の中には、驚く程に賢い人間がいるものなのだ。
その悪くて賢い人間は、私の “ 周り ” を利用する。
『いまさら爆弾を処理しようとしたところで…先輩の言うみたいに、上手くはいきませんよ』
「じゃあ、これからも隠し通していくつもり?
どうするの?もしそれが爆発して、そのせいで周りの大切な人が……あなた、まさか」
MAKAは自分の言葉の途中で、はっと口元に手を当てた。
私は、そんな彼女に背を向ける。
『…先輩。貴女のダンスは、やっぱり世界一です。素敵なステージを、ありがとうございました』
「待っ…」
(エリ、まさか…TRIGGERの元を、自分から去ったりしないわよね…)
