第76章 知らず知らずの内に、同じ女に惚れていたんだな
招かれるまま、私は楽を置いて楽屋内に入る。そこには、本当にMAKA以外の人は居なかった。
本来なら、取材人や関係者。祝いに駆け付けた仲間、同業者などで溢れかえっていたことだろう。
MAKAは、それらの人々を全て蹴ってでも 私との対話を優先した。
有難いことではあるが、だからといって私の怒りが収まる事はない。
『真賀田四季。どうしてあの場で、私にLioの曲を使わせたんです?』
「わぉ。やっぱり思った通り、超 怒ってる!
でも、私はただの一言も Dramaticを披露しろだなんて言ってないでしょ?
あの場であの曲を楽に歌わせたのは、あなた」
MAKAは小さく肩をすくめ、両手を広げてみせた。飄々としたその態度に、私の追撃は留まるところを知らない。
『嘘だ。
私よりも長く業界にいる貴女が、版権関係みたいなシビアな問題をスルーするはずがない。あの場でTRIGGERの曲が歌えない事など、簡単に想像が付いてたでしょう。
もう一度訊きます。どうして、私にLioの歌を人前で披露するよう仕向けたのですか』
「……1つは、楽とあなたを綱渡りさせるため」
ソファに腰を下ろし、諦めたように口を割るMAKA。しかし、その言葉の意味は理解出来なかった。
は?と漏らす私に構わず、彼女は続ける。
「もう1つは、Lioの曲を、もう一度この世に送り出したかったから」
『…先輩は知っているはずなのに。私が、Lioを早く忘れたいこと。世間にも早く忘れて欲しいこと』
「私は、忘れたくない。世間にも、忘れて欲しくない」
2つ目の理由は、理解が出来た。
理解は出来るが、納得は出来ない。
『私の存在を知る人なんて、たかが知れているでしょう。
Lioに興味を持つ人間の大半は、私の異様な消え方や、一人歩きする噂に振り回されているだけで』
「それでも!私は…あなたが、アイドルだった事実を知ってる。真剣に歌を愛していた事を知ってる。
Lioがステージに立っていた時間を、知ってるんだもん!」
『…先輩、そんな事を言われたって私はっ』
ぐっと、喉が詰まる心地がした。気道が狭まり、声がそこでシャットアウトされるのだ。
“ これ ” が、唐突にやって来る度にいつも思う。
ステージの上で、これに見舞われなくて良かったと。