第76章 知らず知らずの内に、同じ女に惚れていたんだな
空いている方の手で、楽はスマホの画面をこちらに向ける。そこには、龍之介からのメッセージが写っていた。
私はざっと文章をさらう。
春人くんは高いところが苦手で、飛行機が怖いから、隣の席から手を握ってあげて。
みたいな内容だった。
楽はスマホを機内モードに切り替えてからポケットにしまい、そしてこちらに顔を向けて言う。
「乗り込む前に、言っとけよ。馬鹿」
『……はい』
馬鹿と罵るくせに、その顔はひどく優しくて。私は素直に頷くしか出来なかった。そして縋るように楽の手を握り返す。
「お前…」
『はい?』
「手汗が凄いな」
『………龍は、そんな事言わなかった』
「おい。他の男と比べるなよ。たとえ相手がお前だったとしても、イイ気はしねぇ」
『龍に手を握ってもらった時は、もっと安心出来たのに。何故か楽の手には、安堵感の あ の字もない。不思議ですね』
「だから比べるなっつってるだろ!」
『貴方がデリカシーのない事を言うからでしょう』
「べつに、手汗が嫌だとは言ってない」
『手汗 手汗って言わないでもらえます!?』
「文句があるなら手繋いでやらねぇからな!」
そうこう言い争っている間に、ぐんっと体にGがかかる。離陸の瞬間は相変わらず恐怖でしかなかったが、楽のおかげで、怯えている時間は格段に少なかった。
無事に離陸した後も、恐ろしい時間は後10時間以上も続く。
『もし私達が、故障してしまった機内に残されたとするじゃないですか』
「あぁ」故障しないけどな
『それで、脱出用パラシュートが残り1つしかないとするでしょう?』
「あぁ」脱出しないけどな
『もしそうなれば、私に構わずパラシュートは楽が使って下さいね』
「お前はどうするんだよ」
『私は、どの道 怖くて飛べませんから。パラシュートがあったとしても無用の産物です』
「あぁ…その時は、俺がお前を抱えて飛んでやるから安心しろ」
極限状態だからだろうか。隣にいる八乙女楽が、いつもより格段に頼もしく思えた。