第76章 知らず知らずの内に、同じ女に惚れていたんだな
乗り込んだ機内。
奮発して確保した、ふかふかでゆったりとしたシート。そんな高級椅子も、私の心を癒してはくれない。
席に着くなり、耳栓をしてアイマスクをして、シートを目一杯倒した。そんな私を見て、楽は怪訝そうな顔をする。
「お前な…」
『なんですか。後ろの乗客との間には壁があるんですから。どれだけリクライニングを倒しても迷惑にはならないでしょう』
「誰もそんな事は言ってねえだろ。
席に着いてすぐ寝る気満々の姿勢かよ」
『そんなに構って欲しいんですか?』
「腹立つ言い方しやがって。
普通はこういう場合、何か話したりするもんじゃねぇか?共通の友人についてとか。ロサンゼルスでどこ観光するかとか」
『先ぱ…MAKAさんには、私から猛アタックしてお近付きになりました。ロス観光をする時間的猶予はありません。おやすみなさい』
「……勝手にしろ」天並に可愛くねぇ
吐き捨てるように言った後、楽は自らの携帯電話を手に取った。おそらくは、電源を落とす為であろう。
それを横目で見ながら、私は眠りに入る態勢を取る。まぁ、寝られるわけもないのだが。
「ん?」
(龍からメッセージが来てるな)
いよいよ、離陸の為のアナウンスが入る。ちなみに、離陸と着陸のタイミングが1番怖い。
ぎゅっと手摺を掴んで、来たる衝撃に備える。そんな私のガチガチの手を、突然 隣の男が掴み取った。
見事な不意打ちに、私の口からは ひぁ!と変な声が飛び出してしまう。
しかし楽は真面目な顔をして、私の手を握り込んだ。
『な、なな、何ふざけてるんですか!』
「お前…手、やわっこいな」
『こんな時に何ふざけてるんですか!』
「ふざけてんのは、あんたの方だろ」
楽は、若干の怒りを孕んだ瞳をこちらに向けた。
握られている手にも、ぎゅっと力が込められる。
「高いところ、怖いなら怖いってそう言え。
俺はエスパーじゃねぇんだよ。言われなきゃ分からない事の方が多いんだ。
龍からのメッセージがなかったら、気付いてやれねぇとこだったろうが」