第75章 俺に、思い出をくれないか
追いかけたい人がいる。
私が笑顔でそう告げると、龍之介は何か言いたげに口を開こうとする。
しかし、私はその言葉を遮った。
『ありがとう。話、聞いてくれて』
「え、あぁ。それは大丈夫なんだけど…」
『で?
図らずしも、私が過去の男と決別するシーンに立ち会っちゃった龍之介君は、この後一体どうするのかな?』
「…優しくしたいよ」
思った通りだった。
いくら明るく振舞ってみても、龍之介は 私がまだ完全に立ち直っていないと見抜いている。そんな私を、優しい彼が放っておく事はしないのだ。
『優しく?それって、俺が忘れさせてやる。とか言って、抱き締めてくれるとか?』
「まぁ、そんなところだけど。先に言われたら、出来なくなっちゃうだろう?」
『されたら困るから、先に言ったんだよ』
「そっか…じゃあ、抱き締めるのは諦める。
でも、君の為に何かをしてあげたいと思ってるよ」
『なんで?』
「だって、今にも泣き出しそうな顔をしてるから」
酷い仕打ちを受けても、10年もの間 想い続けた万理。
悲しい顔をした人間を、放っておけない龍之介。
どうして、私の周りには こうも優しい男ばかりが揃っているのだろう。
しかし私は、そんな優しい彼を突き放す。
『お願い。今は、1人にして』
「駄目だ。君は、また1人で泣くつもりなんだろう?」
『…いくら、気持ちに分別をつけようと頑張ってみても。胸が、いっぱいで苦しいの。だから、今夜くらいは泣かせてよ。
明日になれば、いつも通りの私に戻っているから』
「だったら、俺の前で泣いてくれ。俺の胸なら、いくらだって貸すから!だから」
『龍…分かるでしょう?今は、誰にも甘えちゃいけないの。
お願い。私を、卑怯な女にしないでよ』
眉をしかめ、悲痛に訴える私だったが。それでも彼は、折れてはくれない。
「卑怯なのは、エリじゃなくて俺なんだ。
だから、全部この卑怯な男のせいにして 君はただ甘えてくれれば良い」