第75章 俺に、思い出をくれないか
「いっ…」
『!?』
小さな小さな呻き声と共に、後方から、ガタ っと音がした。後部座席のさらに後ろ。トランクの方からだ。
車内から聞こえてきた、まさかの声。混乱する頭を必死に落ち着かせて、涙声で問い掛ける。
『えっ?だ、誰かいるの?』
「……ご、ごめん。俺…」
後部座席の後ろから顔を覗かせたのは、龍之介だった。
固まる私と、申し訳なさそうな彼は、しばらく無言で見つめ合う。
『う、嘘でしょ…。え?もしかして、ずっとそこに?ってことは、今の話、全部聞いて…』
「……ごめんなさい」
項垂れる龍之介は、2度目の謝罪をした。
『とりあえず…そこから話されるの、違和感しかないから、こっちに来てくれない、かな?』
「行きたいのは山々なんだけど、実は…
足が痺れちゃってて、動けないんだ」
私達の間に、再び変な沈黙が流れた。
龍之介が動けるようになるまで、しばらく待つ。
決して広くないトランクで、その大きな体を小さく縮こめていたのだろう。何がどうして、そんな事態に陥ったのか。
ようやく足の痺れから解放された彼が、私の隣にやって来る。それから、経緯の説明を始めた。
私と万理がロビーを離れた後、彼らは姉鷺と合流。そして、自宅まで送ってもらう流れになったらしい。ここまでは良かったのだが。
龍之介は、昼間に使ったこの車に忘れ物をした事を思い出した。
が、目的の物はなかなか見つからない。龍之介は、忘れ物を見つけ出してからタクシーで帰ると 姉鷺に伝える。その旨を了承した3人は、先に帰宅した。
ようやく忘れ物を見つけ、無事に回収した ちょうどその時。
私と万理が、ここへやって来てしまったのだそう。邪魔をすまいと、龍之介は咄嗟にトランクへと身を隠した。だが、私達は よりにもよってこの社用車に乗り込んでしまった…
声をかけるタイミングを失った彼は、ずーっとトランクで身を潜めていたという。
あぁ。不必要に、万理を連れ回してグルグルと徘徊などしなければ。こんな事にはならなかったのに…。