第75章 俺に、思い出をくれないか
変わってないね、なんて。言えない。
だって、凄く、格好良くなっているから…
まだ幼さの残る高校生だった彼は、大人の男に変貌を遂げた。月並みな言葉であるのは重々分かっているのだが、本当に、魅力的な男になった。
「あれ。もしかしてエリ、緊張してるのか?」
『…そうかも、しれない』
「はは。そっか。実は、俺も」
優しげに目尻を下げる この笑い方だけは、10年前と何も変わっていなかった。
万理は、ほんの少し顔を傾け、こちらを覗き込む。そして、そっと頬の輪郭に指をかけた。
「もっと近くで、顔を見せてくれないか」
『……うん』
「ずっと、会いたかった。
エリ、10年間 会わなかった間に 随分…
か、格好良くなったな…!」
『万理…!?そこは普通、綺麗になったな…とか言うところじゃないの!?』
「はは。仕方ないだろ、だって本当にそう思ったんだから!」
片頬を膨らませ、私はウィッグを外して春人を脱ぐ。本当なら化粧も変えたいところだが、今は無理だ。とりあえずの措置ではあるが、まぁやらないよりはマシだろう。
「…うん。やっぱり、綺麗になってる」
まるで、仕切り直し。と言わんばかりに、万理は甘い声で囁いた。
『私ね…。万理に会ったら、言おうって決めてた言葉がある』
「気が合うな。
俺も、エリと会えた時には、訊きたいと思ってた事があるんだ」
私達は、少しの間 見つめ合う。
やがて、万理が楽しげに言った。
「じゃあ、いっせーのせ。で同時に言わないか?」
『分かった』
万理の掛け声の後、私達は声を合わせる。
『私の事、忘れて下さい』
「俺の事、覚えてますか」