第75章 俺に、思い出をくれないか
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「さっきから同じ所をぐるぐる移動してるような気がするんだけど。俺の気のせいかな。あ、もしかして時間稼ぎでもしてるのか?」
気のせいではないし、時間稼ぎでもない。
私は万理を引き連れ、同じ道を行ったり来たり繰り返している。もちろん、必要な行程だからだ。
TRIGGERや姉鷺は、やたらと私について知りたがる節がある。盗み聞きや待ち伏せを回避する為にも、時間をかけて警戒しておきたいのだ。
そして、最終的にやって来たのは駐車場。
二台ある社用車の内、一台がなくなっているのを確認。どうやら姉鷺は、もう3人の送迎に出たらしい。
安心したところで、私達は 残った方の社用車に乗り込んだ。
『えっと…こんなところで、すみません』
「敬語は、もういいだろう。ね、春人くん?」
『…万理。貴方はこの名前を、呼ばないで』
もうとっくに愛着の湧いた、この名前も。万理の口から聞くと、違和感があった。
きっと、私の中にある記憶が そうさせるのだろう。
彼には過去、幾度となく エリと呼んでもらったから。
『…って、なんで真隣に座るの…!ち、近くない?』
「いいだろ。やっと会えたんだから、近くから見たって」
ひとつ分の席を空けておいたのだが、万理はいつの間にか詰めていた。
改めて、元恋人の顔を至近距離から見つめることとなる。
エメラルドのような、透明感のある瞳も。濡羽色の髪も。輪郭の整った甘い顔立ちも。
そのどれもが、私を懐かしくさせた。
胸の内が震え、泣き出したい気持ちにさせられるのは きっと…
懐かしいからだ。そう。ただ、それだけに違いない。