第74章 高校生の時の、俺の彼女
すぐ近くから聞こえた大きな物音が、過去に飲まれそうになっていた私を引き戻してくれた。
はっとして、音の方を確認する。
どうやら、荷物置きのラックに スタッフが脚立をぶつけたらしい。
その拍子に、万理の鞄がラックから落ちてしまったようだ。
「ご、ごめんなさい!脚立当たりませんでしたか?」
『私は平気です。お気遣いなく』
「あぁ…荷物も落としちゃってごめんなさい」
「大丈夫ですよ。拾っておきますので、どうぞ行って下さい。重いでしょう?それ」
私達が言うと、ADはペコペコと頭を何度も下げる。そして、再び脚立を担いで行ってしまった。
落下した荷物は、万理より私の近いところにある。自然な流れで、彼の鞄を拾い上げる為に手を伸ばした。
「あ、どうかそのままで。自分で拾いますよ」
『いえ。私の方が近いので。あぁ、中身が散らばってしまっ……』
淡い期待を抱いていた。
彼が、私の事を忘れていたらいい。
私をとっくに思い出に変え、誰か他の素敵な人と、幸せになってくれていれば…
なんて。自分にとって都合の良い期待を。
しかし、鞄から飛び出した “ それ ” を見つけた瞬間。そんな期待は見事に打ち砕かれた。
「……中崎、さん?」
手を伸ばしたものの、それには触れられなかった。
私などが、触ってはいけないと思った。
固まる私に向かって、万理は首を傾げる。そして、私の視線の先を辿り、はにかんだ。
「あ、気になるのはこれですかね。もしかして、こういう音楽機器がお好きなんですか?
年代物でしょう。そんなに良いもんじゃないですよ?古いから、メンテも大変だし音質も悪いし…
こいつの長所といえば…俺の青春が詰まってるって、ことくらいです」
彼はその 古びた白いヘッドフォンを、愛おしそうに、手に取った。