第74章 高校生の時の、俺の彼女
「…いや?聞いたことないな」
「そうですか。
Lioは、4年半くらい前にインディーズでデビューした、女性ソロアイドルです」
壮五は、懇切丁寧に説明してくれた。
確かな実力を持った彼女が、デビューライブを終えた直後に失踪したこと。未だに業界内には、彼女を追う人間が僅かだがいること。そんな幻のアイドルのCDを手に入れる為、かなり奮闘したこと。
この話を聞いて、ピンと来たとか。再会の予感がしたとか。そんなのは一切なかった。
そういう 虫の知らせ的な物が働くには、俺とエリの間に流れた10年間は長過ぎたのだ。
しかし……
「へぇ。そんな子がいたんだ。全然知らなかったよ。
ずーっと事務所で引きこもってたせいで、疎くなっちゃってたのかもしれないなぁ」
「あはは。そうかもしれませんね」
彼女との再会の足音は、着実に、すぐそこまでやって来ていた。
それを教えてくれたのは、環が口ずさんだ、一節のメロディ。
「 —— まるで映画の One scene みたい」
「っっ!!」
「ば、万理さん!?」
勢い良く立ち上がった俺を、焦った様子で見上げる壮五。しかし、そちらに意識を向ける余裕は 今はない。
俺の全神経は、余す事なく環に向いていた。彼が紡ぐ、旋律に。
「 —— 全てがslow motion に」
「ごめん、環くん!」
「わ!!な、なに!どうしたバンちゃん!」
急に肩を掴まれた環は、自分の耳からイヤホンを外した。そして ひどく驚いた様子で、俺を見上げる。
「それ、ちょっと俺に聴かせて」
「えっ? いいケド…」
環から奪い取ったイヤホンを付ける。
俺の中に流れ込んで来たのは、紛う事なき エリの歌声だった。