第10章 脳みそ溶けるかと思ったぐらいなんだから!
『今日は、一緒に仕事をするわけではないので 挨拶はしなくて大丈夫です、よ?』
なんとか引き返してくれないだろうか…これでは百と、肝心な話が出来ない。
天の前でおおっ広げに取り引きの話などしたくはないからだ。
「でも、キミはここに来てる。それに同じスタジオにいるって知っちゃったら、無視するわけにもいかないでしょ」
天はサラリと言うと、その扉を4回ノックする。
すると中からすぐに、元気な百の声が響いてくる。
「はいは〜い!どうぞー」
「失礼します」
こうなってしまっては仕方無い。私は諦めて天の後ろに続いた。
「およよ、天じゃん!わざわざ挨拶に来てくれたの?」
「はい。同じスタジオで撮影だと聞いて、少し寄らせて貰いました」
天と百が言葉を交わしている最中。一方の千は、こちらを捉える。
「春人ちゃんも、来てくれてありがとう」
『いえ。ご無沙汰しています。千さん』
彼と…こうしてゆっくりと話すのは “ あの夜 ” ぶりだ。思わず色んなシーンが頭の中にフラッシュバックして 視線が泳ぎそうになる。
しかし、この男は私を逃さない。
「僕達の新曲、聴いてくれた?」
『…はい』
彼らの新曲 “ Spring ” が簡単に 脳内再生される。
「ありがとう。君は、あの曲をどう思った?」
『素敵な曲ですね。さすがだな、と』
あの曲は、おそらく というか絶対…私に宛て曲だ。
「あれは、君に贈った曲だよ」
ほら、やっぱり。
私は この会話が天の耳に届いていないか、ヒヤリとした。すぐさま彼の方に顔を向けるが、彼は百との会話の最中で。こちらの話は聞こえていない様子。
「ふふ」
目の前の、この綺麗な男が 今何を考えているのか。よく分からない。
『どうしてわざわざ、ここでそんな話を…』
「どうしてだと思う?答えはね…。ちょっとした意地悪」
??
答えを聞いても、よく分からない。