第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
「ふっ…、ははは!」
『……っ、あの…』
「はは…っ、お前は、そんなに私の娘になりたいのか」
『違うんです…その、やっぱり春人の姿でないと、気が緩んでしまうと言いますか…。
本当に、失礼を…、すみません』
恐る恐る、顔をもたげる。
社長は眼鏡を外し、目に溜まった涙を指先で拭っていた。
私は、さっきまで死ぬほど恥ずかしかった気持ちも忘れ、その横顔に視線を奪われる。
『本当に、楽にそっくりですね』
「…だから、言っているだろう。
あいつのほうが、私に似たんだ」
八乙女宗助は、眼鏡を直して続ける。それは、私にとって衝撃の言葉だった。
「あいつは… 楽は、
お前の事が好きなんだろう」
『!!』
車が高速道路を走る、ゴウゴウという音が大きくなった気がした。それくらい、私達の間には静かな沈黙が訪れた。
『やっぱり、ご存知だったんですね』
「あぁ。お前が失踪した約4年前。あれは、必死になってLioを探していたからな。私のコネもつても、使える物は全部使って」
『…もしかして、社長が私を八乙女プロダクションに連れて来たのは…楽の為だったんですか』
「ふん。そんなわけないだろう。私は、お前の能力がTRIGGER飛躍に必要だと思ったから引き入れたまでだ」
私には、彼の本心は分からない。
勝手な解釈で捏造を加えて、わざわざ美談に仕立て上げようとも思わない。
しかし今の彼の横顔が…
厳しい社長というよりは、息子を想う父親の表情に見えてしまうのは 私の気のせいなのだろうか。