第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
その後、2本3本と試打を繰り返し、手に馴染んだ物を見つける。しかしそれは、私がおいそれと手を出せるような価格ではなかった。いま使っている物と、一桁違うではないか…
冷や汗をかいて、私は そっとパターを定位置に立て掛けた。
『えーっと…はい。ありがとうございました。選び方も分かったので、また次回、余裕がある時に…』
「馬鹿者。これは人気モデルだ。売れてしまったらどうする」
そう言って社長は、せっかく立て掛けたそれを手にしてレジへと直行する。
私は慌てて後を追う。
『ちょ、あの!ハッキリ言います。今は持ち合わせがありません』
「これは仕事道具だろう。私が買い与えるのに、何の問題もない」
『え、買い与…』
レジにて、ラッピングも外箱も全て断る社長。
店を出て、ピカピカと銀色に光るそれを 無骨に差し出した。
「さっさと しまっておけ」
『でも、こんな、高価なものを戴くわけには』
「早くしまえ!」
『はい!!』
私はあせあせと、ゴルフバックに新品のパターを突き刺した。
『…あの、社長。ありがとうございます。
私、これから沢山 練習します。ゴルフ、今よりもっと上手くなりますね』
「当たり前だ。ゴルフは接待の基本だからな」
『それで、私が安定して80前半のスコアを出せるようになったら…また、私と一緒にコースを回って下さいね』
「……70代だ」
ぶっきらぼうに、目標を引き上げる社長。私は困り笑顔を浮かべ、頑張ります と答えるのであった。