第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
店を出た所で、満たされた腹をさする。
一体、この腹の中には今 円換算でいくら分の価値が詰まっているのだろう。
そんな不毛な思考を巡らせていると、会計を済ませた社長が店から出て来る。
『ご馳走様でした。とても、美味しかったです』
「良かったな」
まるで人ごとのように呟いた後、彼は車へ向かう。私もその後を追った。
そして、次なる目的地へ。先ほどの宣言通り、車はゴルフショップへと向かった。
社長は、ドライバーやアイアンが並んでいるコーナーには一瞥もくれず。真っ直ぐにパターが置いてある一角へと進んだ。
人工芝が敷かれた その場所では、立て掛けてあるパターを好きなだけ試打出来る。
彼は、私に1本のパターを手渡した。
「打ってみろ」
『はい』
足元に転がっているボールを、パターで引き寄せる。そして備え付けのカップを狙った。
距離が近いのと、癖のない人工芝であった為、難無くカップイン。
「どうだ」
『少し、重いかもしれません』
「いまお前が使っている物が軽過ぎるんだろう。
聞いていなかったが、普段はどうやってクラブを選んでいる」
『こうやって、店で試打させてもらって…気に入ったのと同じ型番で中古の物を、ネット通販で買ってます』
説明をしながら、私はもう一度カップを狙う。コン という軽い音とともに、ボールは芝を滑る。カップインする音は、室外で聞いても室内で聞いても心地が良いものだ。
「はぁ…。
いいか?今後一切、通販で買うのはやめろ。
クラブは、微妙で繊細な道具だ。ひとつひとつ、個体差がある。例え同じ型番であっても、店で実際に試打した物と通販で買った物は、全くの別物だ。
今度からは、気に入った物は店頭で買え。分かったな」
『は、はい…分かりました』
知らなかった事実に感動して、目をぱちくりさせて頷いた。