第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
さて。やって来たのは高級鉄板焼き屋さん。
想像に容易い、あれだ。
長ーい鉄板の前に、シェフがいて。ほんの少ししかいない客を相手に、目の前で肉や海老を焼いてくれる。そんなドラマでよく見る奴だ。
席はカウンターのみ。そして、客は私と社長のみ。
今まさに、異様に長いコック帽を被ったシェフが、私達の為に焼いた肉をカットしてくれている。その小さくなった肉を、目の前の皿に盛り付けた。
「冷めないうちに食え」
『あ、はい!いただきます』
良い肉は、ほんの少しの量でいい。
なんて、誰が言ったのだろう。丼いっぱい食べたい。
「美味いか」
『泣きそうなくらい、美味しいです…』
「そうか」
瞳を閉じ、しみじみそう告げる私を見てから、彼も肉を口へ運んだ。
肉の次は、フォアグラに伊勢海老。野菜は、長芋にホワイトアスパラ。
次々に食材が皿に運ばれて来る。
どれも美味しい。
が、私と社長の会話は相変わらず弾まない。食事中だし、高級店なので、もしかしたらこれが正解なのかもしれないが。やはりどこか、気不味いムードが漂っていた。
すると、意外にも彼の方から口を開く。
「仕事でもないのに、どうしてそう気を張る必要がある」
『そうですね…社長がイイ男なので。私のような小娘は、平常心でいられないのですよ』
「ふ。相変わらずお前のリップサービスは、悪い気がしないな」
こうして 落ち着いて話してみると、さほど息苦しさは感じない。のかもしれない。
今度は、私が話題を提供してみる。
『今日、ゴルフをご一緒させてもらって感じました。
何にでも真剣に取り組むところが、楽によく似ていらっしゃいますね』
「私があいつに似てるんじゃない。あいつが私に似たんだ」
社長は、どことなく嬉しそうに首を横に振った。