第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
『え……ふ、2人で、回るんですか?』
「不服か」
『………滅相も、ないです』
What happened?
突然こんなワードが頭に湧いてくるくらいには、私は混乱した。
私が戸惑っている間にも、社長は淡々とコースへ出る段取りを進める。
まずは会計の為、カウンターへ向かった。
「領収書はいかが致しましょう」
「結構だ」
社長は、自らの財布で金銭を支払った。
えぇ…。まさかの、ポケットマネー?
どうして社長のお金で、私と2人でゴルフに興じるのだ。
もう、色々と考えるのに疲れてしまった。いっそ、思考を停止して流れに身を任せてしまおうか…
「まさかスーツでコースに出るつもりじゃないだろう。早く着替えて来い」
『はい…』
私は、男子更衣室へと歩いていく社長の後ろに付いて行った。
「私に付いて来てどうする!!お前はあっちだろう!」
『そ、そうですよね…』
社長がビシ!っと指をさしたのは、女子更衣室。私はフラフラとそこへ向かった。そしてカバンの中からウェアを取り出し、着替えを済ませる。
その最中も、ただひたすらに彼の真意を探り続けていた。
あの男が、何の理由もないまま無駄な時間を過ごすとも思えない。
『……はぁ。憂鬱だ』
何を考えているのか分からない相手と、過ごす時間は。
足早にロビーへ出るが、社長の姿はまだない。手持ち無沙汰となった私。ポケットにゴルフボールとティーを入れたり、マーカーを準備したりと、落ち着きなく彼を待った。
ほどなくして、着替え終わった社長が現れた。そして相変わらず冷たい目をして、こちらを見下げて言った。
「着替えるのが早いじゃないか。女の割には」
『はぁ…すみません』
「いや。褒めている。私は、準備にダラダラ時間をかける女は好かんからな」
褒めてたんかい。
どれだけ口下手なのだ。この男の血を引いているはずの楽とは、似ても似つかない。親子なのに。