第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
私は、クラブが一式詰まったオフホワイトのゴルフバックを背負うように持つ。
急ぎ足で駐車場へ戻る最中、廊下にて楽と出会う。
「春人?まだいたのか。
あの陰険男のキャディは大変だと思うけど、まぁ頑張れよ」
『………こわい』
「……何だって?」
『意味が分からなくて怖い。これから何が起こるのか分からなくて怖い』
「は?」
私は楽と一切 視線を合わせる事なく、虚ろな目をして言った。社長を長く待たせるわけにはいかないので、嫌がる体を引きずって前へと進んだ。
「お、おい春人!待っ……
行っちまいやがった。なんだったんだ…。目 死んでたけど、大丈夫なのか?あいつ」
私はゴルフバックを急いで積み込むと、ようやく乗車した。隣には、当然ながら社長が座っている。
なんなら、慣れない左ハンドルの車を運転してる方が何倍もマシだ。
会話はない。無言。静寂。沈黙。
あぁ、気不味い。
かと言って、こちらから話しかけるのも違う気がする。気を使って話を振って、やかましい奴だと一蹴されてしまえば心が折れる。
やはりここは、黙っておくのがベターだ。
空いた時間を利用して、私は状況を整理してみる。
ゴルフに付き合え。との依頼を受けた。私はこれを、ゴルフに行くからキャディを任せたい。と取った。
これがそもそも、間違いだったのではなかろうか。
何故なら、キャディにマイクラブは絶対に必要ないからだ。そう。社長は はなから、私をプレイヤーとして誘ったのだ。
『なるほど!』
「!?」ビク
恐らく、コースを回るにしても頭数が足りないのだろう。それで、私をプレイヤーにする事を思い付いた。
きっとそうだ。
人の事は言えないが、社長は些か言葉足らずではないだろうか。
とにかく。これで全ての謎が解け、スッキリとした気持ちで自分の仕事に打ち込めそうだ。
と、思っていたのに。
ゴルフ場への到着と同時に、私の計算がまた間違っていたと思い知らされる…