第73章 《閑話》とある社長の気まぐれ
—————
そして、来たる土曜日。
支度を整えて駐車場へ行くと、既に社長が待っていた。随分と早いお出ましである。
『お待たせしました』
「……お前、スーツで行くのか」
『え…』
当たり前だと思った。
大手芸能プロダクション社長が赴くゴルフだ。接待にしろ何にしろ、それなりのメンツが揃っているはず。
キャディをする際はスポーツウェアに着替えるとしても、やはり初っ端はスーツだろう。
『後で、着替えようかと』
「まぁいい。早く乗れ」
そう言って彼が向かったのは、私用車だった。
『……』
(左ハンドル、慣れないんだよなぁ)
社長には気付かれないよう、小さく息を吐く。そして、後部座席の扉を開けて彼を乗せる。その後に、私は運転席のドアを開けた。
『わ!!』
思わず、悲鳴じみた声を上げてしまった。何故なら、運転席には既に人が座っていたからだ。
白髪頭をした人の良さそうな初老の男性は、ニコニコと笑う。そして、わざわざ帽子を持ち上げて挨拶をくれた。私も、反射的に頭を下げる。
「おい 何をしてるんだ、早く乗れ」
『え、あっ、はい!』
「いや、それより中崎…。お前の荷物はどうした」
『それならここに』
着替えやタオル、ドリンクなどが入ったバックを持ち上げる。しかし社長は首を横に振った。
「そうじゃない。ゴルフバックはどうしたんだと聞いている!」
『え…?どうしてキャディの私に、クラブがいるんで』
「いいから早く持って来い!!」
『わ、分かりました!!』
私は駆け足で、仕事部屋へ向かう。無論、置いてあるゴルフバックを取りに行く為だ。