第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
毛布の中で もそもそと身をよじって、肌着から纏っていく。エリがあらかじめ、服を暖炉と側に置いておいてくれたからだろう。不快な冷たさがなく、とても快適だった。
そんな彼女は、俺に背を向けて暖炉の掃除を行なっている。火かき棒で、溜まったススを掻き出していた。
俺達の命を救ってくれた、山小屋と暖炉だ。彼女の手つきが丁寧になるのも頷けた。
『用意は出来ましたか?』
「ばっちり。エリも、準備万端?」
『春人、と。呼んでもらわないと困りますよ』
明確に、線引きをされる。
俺はやはり、引かれた境界線の外から、彼女の世界を眺める事しか出来ないのだろうか。
エリがゆっくりと、扉を引き開ける。
あまりの眩さから、途端に視界がホワイトアウトする。
太陽の光を受けて、降り積もった雪が輝いている。昨日の猛威が嘘のよう。キラキラと眩い白銀の世界は、平和そのものだった。
そんな、眩しく美しい景色をバックに、エリは淡く微笑んだ。
逆光で、そんな姿が霞んでしまう。
俺は、慌てて彼女の腕を掴んだ。
『龍?』
こんなにも近くにいるのに、エリを見失ってしまいそうで。
『どうしたんですか?
さぁ、帰りましょう 龍。きっと皆んな、待ってますよ』
エリが、俺の前から 居なくなってしまいそうな不安に駆られて。
目の前に広がる、この雪みたいに。
何もなかったかのように、溶けてしまって…
俺の前から、消えてしまうのではないかと。
「エリ、キスしよう。
皆んなの所へ、帰る前に」
『………』
この恋に本気にならないなんて。もう無理だ。
どれほど望まれてなくたって。
どれほど危険な恋だって。
俺はもう、逆らいようのない愛に溺れてる。
エリは、長い睫毛をゆっくりと伏せた。そして、瞳を閉じる。
俺は、上背を屈め 顔を傾けて、彼女の唇を塞いだ。
—— もう、後戻りは出来ないからね。
君が起こした 俺の中の獣は、手にした銃で
確かに引き金をひいたんだ。
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