第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
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「……参ったな。
君はいつも、平気で俺の予想斜め上を行くんだ」
『それって、嫌?』
「ううん、まさか。とても、心地良い」
龍之介は うっとりと目を細め、私の顎先を軽く持ち上げる。もう一方の腕で、優しく頭を包み込んだ。
そして、愛のこもった口付けを落とす。
唇を舌先でゆっくりとなぞられれば、身体がふるりと震えた。そんな身体を、震えごと抱き締められる。そして、すぐに情熱的なキスを与えられる。
『ん…、』
「……君と過ごした、あの沖縄の夜も…本当は、こうしたかった」
『龍…』
思えば、彼が違った一面を持ち合わせていると気付いたのも…あの、沖縄の夜だった。
瞬く星々が落ちそうな夜空。永遠と繰り返される波音。真っ黒で吸い込まれてしまいそうな海。それらの全てを鮮明に覚えている。
『私だって…あの時も、こうして欲しいって 思ってたよ』
「…エリ」
龍之介の濡れた唇が、ゆっくりと私の名前をなぞる。
ただそれだけのことが、こんなにも嬉しい。
「実は、ギリギリだったんだよ。
本当なら、無理矢理に君に口付けて、強引に抱き締めてしまいたかった。でもそうしたら、エリが困るだろうって 分かってたから。必死に我慢した。
でも…もう、抑えられる自信がないんだ。
…こんな事を言われても、エリは戸惑ってしまうかもしれないけど…
俺の…俺の中には 」
苦しそうに言葉を紡ぐ龍之介。私は、そんな彼の心臓部分に とん。と手のひらをくっつける。
異常な速度で早鐘を打つ心臓。それを手に感じつつ、私は下から微笑んで、告げる。
『うん。私…知ってるよ。
龍の、心の中に… 獣がいること』