第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
『…龍が、いけないんだからね。
チョコレート…素直に半分こしてくれたら、私はこんな事しなかっ』
言葉の途中、くるりと体が反転させられる。さっきまで龍之介を見下ろしていたはずなのに。今は、彼に見下ろされていた。
両の手首を痛いくらいに押さえつけられて、私はただ彼の真剣な瞳を 見つめ返すしか出来なかった。
「…エリは、高を括ってるんだろう。俺が、いつだって優しくて…温和な男でいると。
信じて、疑ってないんだろう。人畜無害な男だって」
『龍…、私』
「だからこんな状況下で、俺を喜ばせるような言葉を言ったり出来るんだ」
それは、違う。龍之介の事を、そんなふうに思った事はない。
だって…私は、知っているから。
貴方が、密かに心の中で 飼っている獣のこと。
「それどころか、たとえ自分からキスをしても…。俺は、君に酷いことはしないって。思ってるんだよな」
『…酷いことって?』
「酷いことは、酷いことだよ…。
君が、俺の事を嫌いになってしまうような事を、したいと思ってる」
私を捉える、見開かれた両眼。滾ったような熱と、悲しみから来る零度の2つが、その瞳からは見て取れた。
そんな視線を真っ直ぐに浴びれば、私の心は震え出してしまいそう。
果たしてそれは歓びからか。はたまた、恐怖か。
「自分の中に、黒い、醜い気持ちが広がって…
綺麗じゃない愛だって構わない。そう思ってしまう俺を、君は軽蔑するのかな」
『私が…綺麗じゃない愛を軽蔑?ありえない。
龍の方こそ、本当の私を知ったら 私を嫌いになるよ』
「それこそ、ありえない」
『…本当に?
本当の私は…誘惑に弱くて、強欲で我儘で、快楽に流されやすくて。龍が思いも付かないような汚い考えだって、持ち合わせてる。
それでも貴方は、私を嫌いにならない?』
「ならないよ。絶対に。
だから、本当の君が 知りたい」
しっとりと、欲に濡れた体をして、私は続ける。
『それなら、言うけど…
私、いま 龍に酷い事されたいって思ってる』