第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
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『あ、えっと…そうだ、見てこれ。
龍の体を温めながらね、良いもの見つけんだよ』
「う……」
近くに置いていたそれに手を伸ばす。龍之介はそんな私を見ないよう、不自然に視線を遠くにやった。
こんな時でも私の肌を見ないように気を遣っているのだろう。相変わらず、律儀な男である。
私が手にしたのは、個包装の小さなチョコレート。
『スーツのポケットに入ってたんだー。べつに遭難してるわけじゃないから食料の心配はないけど、お腹空いてるでしょ?
だから、半分こしよう』
「ありがとう。でも、俺はお腹空いてないから。それはエリが食べて?」
パキ、と半分に割って渡そうとするも、龍之介はそれを受け取らない。
こうなった彼はいつも、意外なほどの頑固さを見せるのだ。
『…1人では食べない』
「どうして?それはもともと君の物じゃないか。本当に俺は大丈、ちょっ、あははっ、エリは強引だなぁ」
私は、龍之介の口にチョコレートをねじ込もうと奮闘してみる。しかし、力で彼に敵うはずもなく。あえなく断念した。
むすっとした表情で、私は2欠片ともを自分の口の中に放り込んだ。
その様子を、隣の男は満足げな笑みを浮かべながら見つめている。
心の中で “ 隙あり ” と呟いて、私は龍之介の上に乗っかった。動揺する暇も与えないよう、そのまま口付ける。
「っ!?」
龍之介の瞳が、驚きから揺れる。私は、瞳を閉じているから見えないが、気配で分かった。
口の中で溶け始めたチョコレートを、舌を使って龍之介の口へと運ぶ。唾液と混ざり合ったそれは とろりと向こう側へ移るが、すぐに龍之介が押し戻してくる。
そうやって 互いの口中へチョコを移動させ合う間に、いつしかそれは姿を消した。
残ったのは 甘い余韻と、2人の上がった息遣いだけ。