第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
『ほら…。生命の危機に直面した時、人は本能的に子孫を残そうとする。なんてのは、有名過ぎる話でしょ?だから、その…あんまり気にしないで』
「う、うん…」
『それにさ、この状況で何も反応しませんって方が、悲しいというか 自信がなくなるというか?ね!?』
「そ、そういうもの なのかな…」
龍之介も気不味いだろうが、私だって気不味いのだ。それに、本格的な危機が去ったことで、改めて彼を意識する余裕が生まれてしまう。
この、芸術的な肉体美に自分が今 包まれていると思うと、目眩を起こしてしまいそうだ。
「訊いても、いいかな」
『な、なに?』
「エリは…どうしてこんな吹雪の中、俺を探しに来てくれたの?」
『え…そんなの』
龍之介は、私の胸から顔を上げて、上目遣いでこちらを見つめる。
「俺が…八乙女プロに所属するタレントだから?それで君が、プロデューサーだから?」
自分が蒔いた種だから?それとも彼が言うように、私がプロデューサーで龍之介がタレントという立場だから?
いや…それは、違う。
答えなんて、決まっているのに。
声が、ぐっと喉でつかえて言葉が出てこない。
「俺がTRIGGERの、十 龍之介だから?エリは…、だから中崎春人は、俺を助けに来てくれたのか?」
『…じゃあ、龍は?
龍は、どうして私が外にいると知らされた時、一目散に外に飛び出したの?
ろくに防寒具も身に付けないで、自分の身も厭わないで。どうして、命懸けで私を探してくれたの?』
「君が、俺の大切な人だから」
切ない表情で、こちらを見上げる龍之介。私は、彼の頭を再び ぎゅっと抱き寄せた。
『私も、同じだよ。
龍が、大切だから…。貴方がアイドルじゃなくたって、TRIGGERのメンバーじゃなくたって、私はどこへだって、龍を助けに行くの。
春人として、じゃなく。ただの、エリとして』
心臓の音が早いのを、龍之介に聞かれてしまうかも。だが、べつに聞かれたっていいか…なんて。私は そう思った。