第71章 ピュイっ!
とにもかくにも、この体勢が不味い事くらい初心者の私にだって分かる。恐る恐る、体を正面に向ける。
ようやく目前に景色が開けた。思っていたよりも高い。体の軸をどう安定させて良いのか分からず、ぐらぐらと体重がぶれる。手綱を握る手に、じんわりと汗をかく。
「春人!力抜け!」
「ほら、姿勢を正して。背筋を伸ばす」
「何があっても手綱は離さないで!危ないからね!」
3人が、懸命にアドバイスを投げ掛けてくれる。しかし 情けない事にテンパりまくりの私は、その全部を拾う事が出来ない。
とにかく、何とかして丸まった背中を真っ直ぐに伸ばしてみた。
すると、どうだろう。
『……わ…、景色が、変わった』
頭の先から糸で釣られているような姿勢を心掛ける。すると、一瞬で体が安定した。ウォーキングの基本が、こんなところで役に立とうとは。
普段、見る事の出来ない景色に心が踊った。早く、あの白銀の世界にこの子と走り出してしまいたい。
もしや、私は乗馬の才能があるのでは?と思ったが。すぐにそれは勘違いであると気付く。
私が凄いのではない。凄いのは…
『ヴォーパル、貴方…。私が乗りやすいように、計らってくれているのですね』
「ブルル…っ」
『なんて、良い子…』
私は、彼の頭から鬣に向けてを数回撫でる。
ヴォーパルは、私のぐらついていた体を支えるように、どっしりと構えてくれた。それにより揺れや反動がなくなり、こちらが何もしなくても軸が安定したのだ。
彼は2度、頭を縦に揺すった。言葉はないのに、そろそろ行くぞ。という合図なのだと分かる。
私が身構えると、ヴォーパルは駆け出した。
「へぇ…さまになってるじゃねぇか」
「プロデューサーは体幹がしっかりしてるから。安定するんだろうね」
「ヴォーパルも、春人くんにしっかり合わせてくれてるみたい」