第71章 ピュイっ!
その時だった。天に大人しく撫でられていたヴォーパルが、急に私の方に近寄って来た。気のせいか鼻息が凄く荒い…
そしてヴォーパルは、おもむろに私の髪をモシャモシャと食み出した。
『あぁ…よだれが…』
「春人も嫌われてるみてぇだな」
「馬が人の髪を食むのは、愛情表現だって聞いた事があるけどね」
天の言葉に、主人は頷いた。私はもしや、ヴォーパルに気に入られたのだろうか。
今度は、私の肩辺りをカジカジと齧り出した。
『あぁ…よだれが…』
「噛まれてんじゃねぇか。やっぱ嫌われてるだろ、これ」
「でも俺、馬が人の体を食むのは 愛情表現だって聞いた事があるよ」
龍之介の言葉に、またしても主人は頷いた。私はどうやら、本格的にヴォーパルのお眼鏡に叶ったらしい。
愛情表現と聞いてしまえば、拒否するのも気が引ける。されるがままになっている私を見て、主人は不思議そうに首を傾げる。
「珍しい事もあるなぁ。ヴォーパルは牡馬で、根っからの女好きで通ってるんだが…
男にこんなふうに懐くのは初めてだわ」
「「……」」
(なるほど)
ヴォーパルは、私の性別を的確に見抜いたらしい。さすが動物。野生のカンという奴だろうか。と、私と天と龍之介だけが納得した。
一方の楽は、ポン と手のひらに自らの拳を打ち付けた。
「そうか…!だから、さっき天だけ攻撃されなかったんだな」
「ねぇ、ちょっとそれどういう意味?」
「お前も春人も女顔だから、ヴォーパルは嫌がらなかったんだろ?」
「…楽。プロデューサーは別として、ボクは産まれてこの方、女顔だった瞬間なんて一度もない」
「お前って、意外と自分のこと客観視出来てねぇよな」
「は?キミに言われたくないんだけど」
楽と天が言い争う最中も、私はヴォーパルにガジガジされていた。彼は軽く食んでいるつもりなのだろうが、結構痛い。
龍之介が心配そうな瞳を向ける中、主人が私に問う。
「お前さん、一度こいつに乗ってみるかぃ?」