第70章 自分の気持ちを言葉にするの苦手なんだもん
「あ…飲ん…じゃったのね」
大和は言うと、咄嗟に手にしていた箱ティッシュを置いた。
『ごめん、つい、なんかノリで。
余計な事した』引いた?
「んなわけないだろ?普通に嬉しいっての。
はは…。美味しかった?」
『え?美味しくはないよ』
「ピロートークには乗ってくんないのね…」
『……大変美味しゅうございました。ご馳走様』
「ごめん。やっぱ乗んなくていいや」
私は巾着の中から手鏡を取り出し、顔を映す。案の定、口紅がよれていたので補修した。
身なりを整え終えたのであろう大和が、そんな私を見下ろす気配がする。
彼の視線を感じながら、唇の輪郭を中指でなぞる。それから、遠慮がちに口を開いた。
『大和。私、貴方に訊きたい事がある』
「んー?なんでしょ」
『かつて、千葉志津雄が演じた月舘信八郎を、楽が演る事になった。その事について、大和はどう思ってる?』
「…………直球だなぁ」
彼は、言葉の前に長い沈黙を設けた。その事から、やはり大和なりに思うところがあったのだと分かる。
本人は、最近まで父を憎んでいたというが。それでも、彼を天才的俳優であると認めていなかったとは思えない。
もしかすると大和は…過去 父親が演じた役に、自分がチャレンジしたい。そう思っているのではないだろうか。