第70章 自分の気持ちを言葉にするの苦手なんだもん
あ。そうだ、カステラを渡さなくては。
そう私が思い至ったのは、お手伝いさんが出て行った直後だった。仕方なく、千葉に手渡す。
『あ、あの…こちらを…
えっと、カステラなのですが。もし、お口に合えば…』
「あぁ…ありがとう。すまないね」
彼はそれを受け取ると、すっと立ち上がった。きっと、さきほどの侍女に渡しに行ったのではないだろうか。
私が手土産の存在を忘れていたせいで、彼には二度手間を取らせてしまった。
千葉氏が襖を開いた時。元気な声が室内に届いた。
「奥様、早く帰って来て下さい!坊ちゃんが、女性を…!女性を連れて帰って来たんですよぅ!
それはそれはもう綺麗なお嬢さんで…もしかしたら、結婚の挨拶かも!!だから早くお戻り下さい!」
どうやら さっきのお手伝いさんが、大和母に電話をしているらしい。
千葉氏は、気不味そうにこちらを一瞥てから、ひとつ咳払いをした。そして、部屋を出て行った。
部屋に残された2人。私は大和の方を見て言う。
『……坊ちゃん』
「うっせぇよ。綺麗なお嬢さん」
しばらくした後、千葉が戻ってくる。
その手にはトレイがあって、カステラが乗った小皿が3つ。きっと、お手伝いさんに切ってもらったのだろう。
それを私達に配り終わると、彼は口を開いた。
「大和。帰ってくるなら、事前に連絡を寄越してくれればいいだろう」
私は、その言葉に ぎょっとして大和を見た。
まさかのアポなし!?今日のこの訪問は、アポなしだったのか!
ありえない…
ちょっとしばらくは、その衝撃的な事実を受け止められそうにない。