第67章 左手は添えるだけ
「くく……よぅ、さっきは怖がらせて泣かせちまって悪かったなぁ」
『べつに貴方が怖くて泣いた訳じゃありせんので、お気遣いなく』
目線を男からボールへ移して、私は一応サッカーをやっているふうな動きをする。ちょこちょこと体を動かして、いかにも いつでもパスを受けられるぞ。という空気感を出すのだ。
まぁこんな事をしても、こちらにボールが蹴られる事はないのだが。
「わおっ!春人ちゃん良い動き!」
『え』
百の瞳が、キラリと光った気がした。その輝きは、まさか…
心臓がドキっとした瞬間、やっぱりボールがこちらへ蹴られた。
ぽーんとボールが丸い軌道を描いて 落ちてくる。
情けない話、一瞬で頭が真っ白になった。とりあえず良いポジションは確保したものの、この後どうすれば良いのだっけ。あぁ、どうせパスなど来ないと高を括っていたせいで不意打ちを…
なんて考えている間も、ボールは待ってくれない。
—— ぽす。
私は、見事に百からのパスを受け取った。
“ 両手で ”
ピーーーー!
甲高い笛の音。相手チームの、は?という声。私だけが動けずにいた。ボールをしっかりと持ったままの格好で固まってしまう。
悪質なファールとのジャッジが下されたのは、言うまでもない。
「ちょっ、あんたマジでバスケやりに来たのか!?さっきのスラムダンクの話はボケじゃなかったのかよ!」
「あ、えっと…春人くん、もしかして キーパーとポジション間違っちゃった…とか?
キーパーは加藤さんだからね?加藤さん以外は、ボールを手で触っちゃ駄目なんだ」
「あははっ!大丈夫だって!どんまーい 春人ちゃん!100年くらいサッカーやってたら、一回くらいこんな事もあるある〜」
私は、また泣きたい気分になった。