第67章 左手は添えるだけ
「ぎゃはは!なんだアイツ!わけ分かんねぇ!さっきまであんな息巻いてたくせに、な、泣きじゃくってやがる!」
「何で泣いた!?まじ意味不明で笑える!」
『ひぐ……っ』
見ての通り 情緒が忙し過ぎる私には、奴らの声など入って来なかった。しかし、他のメンバーは違った。私を揶揄う言葉を受けて、一同ゆらりと あちらへ向き直る。
その殺気を孕んだ只ならぬ空気感に、向こうチームは思わず縮こまって口を噤んだ。
そして、私の元には審判が駆け寄ってくる。肩の上に力強く手を乗せられた。
「大丈夫かい!君!」
『ぅぐ…っ…大丈夫』こくん
「行けるか!?」
『行ける……ひぐ…っ』こくん
「よし!なら頑張るんだぞ!」
『頑張る……』こくん
「あぁ…っ、春人が、見た事のない春人で…っ!駄目だ!頭が追い付かねえ!」
「春人ちゃんっ…オレ “ はじめてのおつかい ” で、こんなシーン見た事あるよ」負けないでベイベー!
「お、俺もあります…」しょげないでベイベー!
百と龍之介が私を見て、はじめてのおつかいを思い出し、そのあまりにも有名なテーマソングを口ずさんでいるとは つゆ知らず。
手の甲でぐしぐしと涙を拭って、鼻をすする。そうすると、やっと少しだけ視界が開けた。いつまでも泣いている訳にはいかない。
なんとか自分を奮い立たせる事に成功し、試合は再開した。
またしても、ボールを持ったのは自チームだった。おそらく、今度も私の出番はないだろう。しかし、こんな私にもマークは付く。
ふと、顔を上げて自分をディフェンスする相手を見上げる。気のせいでなければ、さっきと人が変わっている。
この男は…さきほど、百に酷い事を言った男だ。
私の涙はすっかり乾き、目の前の男を睨み上げた。